シンポジウム 心臓震盪を考える
心臓震盪とは?
戸田中央総合病院
救急部 輿水健治


野口英世記念会館 2005.6.18

Commotio Cordis
コモーショ・コーディス あるいは コモシオ・コルディス

Commotio  :震盪(震とう、振盪、しんとう)
Cordis     :心臓

 心臓震盪

子供のスポーツ中の突然死

心臓病がない健康な子供が、胸に比較的軽い衝撃を受けた直後に、突然虚脱状態となり死亡する事例が報告された。


Commotio Cordis

Sudden death from cardiac arrest in a young person may occur during sports play after a blunt blow to the chest in the absence of structural cardiovascular disease or traumatic injury(cardiac concussion or commotio cordis).

Maron,B.J. et al. N.Engl.J.Med.Vol.333.337-342,1995

instantaneous cardiac arrest[that]is produced by non-penetrating chest blows in the absence of heart disease or identifiable morphologic injury to the chest wall or heart

Maron,B.J. et al. J.Cardiovasc. Electrophysiol. Vol.10.114-120,1999

Commotio cordis:mechanical stimulation of the heart by non-penetrating, impulse-like impact to the precordium that, through intrinsic cardiac mechanisms, gives rise to disturbances of cardiac rhythm of varying type, duration, and severity, including sudden cardiac death, in the absence of structural damage that would explain any observed effects.

Alex, D.N. et al. Lancet Vol.357.1195-1197, 2001


心臓震盪
 スポーツ中の若年者において、既存の心疾患を有さない場合に、前胸部に鈍的外力が加えられた 直後に発症する突然死、この際心臓胸壁の構造的損傷はない。
Maron,B.J.ら 1995年
 胸部への非穿通性の外力が加わった時に、心疾患がなくまた、胸壁や心臓に構造的損傷がなくても心停止に至る病態。
Maron,B.J.ら 1999年
 前胸部への非穿通性のインパルス様の衝撃が加わった時に生じるあらゆる不整脈としている。最重症は心停止となる。
Alex,D.N.ら 2001年

Criteria
1.
a witnessed event of a blunt, nonpenetrating blow
to the chest immediately preceded cardiovascular collapse
2.
detailed documentation of the circumstances from available newspaper articles,police reports, and telephone interviews with family members or other witnesses
3.
absence of structural damage to the sternum, ribs, and heart itself
4.
absence of any underlying cardiovascular abnormalities
Maron, B.J. et al. JAMA Vol.287.1142-1146, 2002

診断基準
1.
心停止の直前に前胸部に非穿通性の衝撃を受けていること
2.
発生の状況が詳細に判明していること
3.
胸骨、肋骨、心臓に構造的損傷がなかったこと
4.
心血管系に既存の病気がないこと
Maron,B.J.ら 2002年

胸部への衝撃手段
手段
症例数
スポーツの道具
野球のボール
53
ソフトのボール
14
アイスホッケーパック
10
ラクロスのボール
5
その他
5
スポーツにおける体の衝突
膝、足
5
肘、前腕
5
4
2
頭(ヘルメット)
2
ゴールポスト
1
日常生活、遊び
遊びのボクシング
6
子供へのしつけ
5
集団暴行
3
その他
8

                             128例

Maron,B.J.et al.JAMA Vol.287, 2002

発症年齢
Maron,B.J. et al. JAMA Vol.287, 2002

胸部への衝撃部位
Maron,B.J. et al.J. Cardiovasc Electrophysiol Vol.10, 1999

国内発症例  12例
1.
少年野球チームの練習中10歳男児の胸にチームメートが投げた硬式ボールが当たり死亡した。
(1997年)
2.
野球シニアリトルリーグの練習中13歳男児の胸にノックの硬式ボールがバウンドした後に当たり死亡した。
(2000年)
3.
ドッジボールをしていた5歳女児の胸に13歳少年が投げた軟式ボールが当たり死亡した。
(2002年)
4.
14歳男児が兄に胸を手で突かれ虚脱し死亡した。
治療を担当した救急医は心臓震盪が死因と判断した。
(2002年)
5.
公園で遊んでいた10歳男児の胸に9歳少年が投げた軟式ボールが当たり死亡した。
(2002年)
6.
高校野球の練習試合で15歳投手が打球(硬式ボール)を左胸に受け死亡した。死因は胸部打撲による心室頻拍とみられている。
(2004年8月)
7.
高校野球練習中17歳選手がバンド練習時に投球(硬式ボール)を胸に受け死亡した。死因はボールが当たったことによる不整脈と見られている。
(2004年8月)
8.
野球の試合中14歳男児が守備で2バウンドした打球(硬式ボール)を胸に受け死亡した。発症直後の心電図は心室細動であった。
(2004年8月)
9.
ソフトボール練習中(遊び)小学5年生(10歳)が振った金属バットが、後ろにいた小学1年生(6歳)男児の胸にあたり倒れた。心肺停止状態で病院へ搬送され死亡した。心臓震盪と診断された。
(2005年5月)
10.
15歳男性、少林寺拳法の練習中、胸部へ打撃を受けた後心停止となった。Bystander CPRが実施され、救急隊による除細動により心拍再開した。後遺症なく退院し社会復帰した。
11.
19歳女性、両親の夫婦喧嘩を止めようとした際、母親の肘が胸部に当たり直後に心停止に至った。 父親がBystander CPRを実施、救急隊の除細動により心拍再開した。社会復帰した。
12.
27歳女性、ソフトボールのトスバッティングの打球(革製ボール)を約2mの距離で胸骨上部に受け、四肢の虚脱感を自覚した。直後の心電図では一過性に完全房室ブロックを認めた。胸部に加えられた衝撃により誘発された不整脈であり、広義での心臓震盪と言える。

胸部への衝撃手段(国内例)
野球のボール(硬式)
5例
野球のボール(軟式)
2例
(公園で遊んでいて他の人が投げたボールが当たった)
ソフトボール(革製)
1例
金属バット(ソフトボール)
1例
拳(少林寺拳法)
1例
手掌(兄弟喧嘩)
1例
肘(夫婦喧嘩の仲裁)
1例
ドッヂボールやサッカーボールの発症例は報告されていない

発症年齢(国内症例)
4歳〜6歳
2例
7歳〜9歳
0例
10歳〜12歳
2例
13歳〜15歳
5例
16歳〜18歳
1例
19歳〜21歳
1例
20歳以上
1例

国内救命例(2例)
1.
目撃者がいた。
2.
Bystander CPR が実施されていた。
3.
現場での心電図は心室細動であった。
4.
救急隊により早期除細動が実施された。

救命症例数(北米)

1.Maron,B.J. et al. N.Engl.J.Med.vol.333,1995

  2例/25例 心拍再開(2例も脳障害で死亡)
   19例/25例(76%)で3分以内のCPR

2. Maron,B.J. et al. JAMA vol.287,2002

21例/128例 1年以上生存 (15例が完全社会復帰)
68例/128例(53%) 3分以内のCPR → 17例
38例/128例(30%) 3分以降のCPR → 1例
            不明    → 1例
            自然回復  → 2例
   41例/128例 除細動実施(AED2例)


心電図解析例 82例
心室細動         33例
心室頻拍         3例
徐脈性不整脈       3例
心室固有調律       2例
完全房室ブロック     1例
心静止         40例
Maron,B.J. et al. JAMA Vol.287, 2002

心臓震盪の病態
胸部への鈍的外力により心室細動を生じることが本態と考えられる。

心室細動発生について

1.
鈍的外力が心電図上T波の頂点の15~30msec前に加わることが必要
2.
鈍的外力となるボールは硬い方が発生しやすい
3.
心臓の直上にある胸壁に打撃が加わると発生しやすい
4.
胸郭の形成途上にある子供に発生しやすい
Linkらの実験 N.Engl.J.Med.  J.Am.Coll.Cardiol.

刺激伝導系

心電図波形と心室収縮

ブタの実験で誘発された心室細動
Link,M.S. et al. N. Engl. J. Med. 338, 1998

心臓震盪とは?
1.
胸の骨が折れる、心臓の筋肉が損傷するという外傷ではなく、比較的弱い衝撃が胸に加わった事により生ずる心臓突然死である。
2.
野球のボールが当たるなどによって起こる事が多く、今まで元気だった子供に生じる。
3.
心臓に衝撃が加わったために不整脈が生じると考えられており、最も重症なのが心室細動である。
4.
心室細動はつまり心停止であり放置すれば死亡してしまう。

心臓震盪の発症率は?
若年者のスポーツ中の突然死の原因(35歳以下、387例)
   肥大型心筋症    26.4%
   心臓震盪       19.9%
   冠動脈奇形      13.7%
   左室肥大       7.5%
Maron B.J. N. Engl. J. Med. 349,2003
わが国のスポーツ関連の突然死に関する全国調査 (1984〜1988)

40歳未満の若年者の死亡数 332例 → 66.4人/年
約20%が心臓震盪だとすると

→ 心臓震盪による死亡数 約13人/年


スポーツ現場における救急処置(手当)

応急手当のみで終了する場合

応急手当をした後病院へ搬送する場合

現場で救命のための処置(手当)を実施すべき場合


現場で救命処置が必要な場合 心肺停止の状態
<実施すべきこと>
BLS(一次救命処置)

1.

心臓マッサージ
2.
気道確保
3.
人工呼吸
もっと重要なこと→早期除細動  
心室細動に対する唯一の治療法
       2004年7月から日本でも一般市民に
AEDの使用が認められた

スポーツ中の突然死は
           不整脈によることが多い

    子供にも発症する
心室細動:心臓の筋肉がけいれんしている状態で
血液を送り出す事ができない 
→ 心停止
  除細動が1分遅れると治療成功率は7〜10%減少
  119番通報から救急車到着まで6分前後かかる
  心停止が数分続くと脳機能の回復は難しい
 
現場での処置が社会復帰への道現場でしか助けることができない命

心室細動の時間経過による生存率

心肺停止者の社会復帰への条件
1.
目撃者がいること
2.
bystander CPRが実施されること
3.
早期除細動が実施されること
→AHA Guidelines 2000 BLS に AED による除細動が追加された(public access defibrillation PAD)
★スポーツ中の心肺停止例では3条件を満たすことは可能

まとめ
1.
心臓震盪は健康な子供におこる
2.
2.心臓震盪は軽い衝撃でもおこる
3.
3.心臓震盪を理解して予防しよう
4.
4.発症したらまずAEDの手配をしよう
5.
5.Bystander CPRを実施しよう
6.
6.AEDがいつでも使える環境を作ろう

子供が安全に遊べる環境
それを整えるのが大人の責任

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