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4月17日 公開市民講座 救急とスポーツ
「スポーツを愛する子供たちと指導者たちへ」

 本日お見えになっている皆さんはスポーツの現場での事故を少しでも減らそうと思っていらっしゃる方たちと思います。その皆さんの前でお話させていただく機会を得た事に感謝いたします。
 皆さんはCommotio cordisと言うのをごぞんじでしょうか? ご存知ないかたは是非この機会にその名前だけでも憶えておいて頂きたいと思います。
 Commotio cordis日本語では心臓震盪と訳すようです。震盪と言うのは皆さんご存知の脳震盪の震盪と同じ字を書きます、ご承知のように脳震盪と言うのは頭を打ったときに、脳が揺れて、一時的に機能障害をおこすことです。それが心臓で起こるとイメージしていただくとわかりやすいかもしれません、ただ大きく違う点がいくつかあります、そのひとつが脳震盪はほとんどの場合気絶ですみ、そっとしておけば回復しますが、心臓の場合ほうっておけば死に至ることです、もうひとつは、これが胸郭、つまり胸の骨がまだやわらかい子供に
起こると言う事です。つまり心臓震盪というのは健康でどこにも病気のない子供の胸に何かが当たったその衝撃で心臓が細かく震え死に至るという事なのです。
 私の息子は4年前、2000年の4月に野球の練習中に亡くなりました。13歳でした
その日、私は家にいて夕方5時半過ぎ「息子にボールが当たって病院に運ばれた」と、妻から電話があったとき、まず考えたのは、頭に当たったのかということです。当時の私の知識では、それ以外の場所ならまず心配ないとおもっていました。病院に駆けつけて息子を見たときのショックは今も消えません。
小学生の頃から野球が大好きでチームの練習はもちろん、毎日学校に行く前に走り込みをし、帰ってくれば、素振りとシャドウピッチングをする、本当に熱心な子供でした。
真剣に高校野球を目指し中学からは新宿シニアリーグという硬式野球のチームに入り練習に明け暮れていました。そんなまじめで、前向きで、健康だった息子が、練習中のたった一球のノックによりこの世を去りました。強烈な打球を胸に受けた事は、周りにいたチームメイトやコーチが皆見ていました、サードを守っていた息子は、グローブで取り損ねた打球を胸に当て、下に落ちたボールを拾いファーストへ投げようとしたまま倒れこみ、それを見ていたあるコーチが人工呼吸と心臓マッサージをしてくれました、しかし、数分後にきた救急隊員の報告では心停止状態で呼吸もなく瞳孔も開いていたそうです。もちろんすぐに病院へ運ばれ救命措置が施されましたが、約2時間後死亡が確認されました。
その後警察による司法解剖が行われました。当時、心臓震盪の事などまったく知らなかった私は、胸に当たったボールでなぜ息子が死ななければならないのか、それがどうしても理解できず、司法解剖というのが絶対正しい理由を教えてくれると信じていました。   
その時私の頭に浮かんでいたのはショック死という言葉でした。
それ以外に考えられなかったのです。
 検死を終えた息子を警察で迎えたとき警察の方に呼ばれ説明をうけました、その時言われた言葉はあまりにも意外で今でもはっきりと覚えています。その内容は「検死の結果は急性心機能不全ということで、警察としてはボールが当たったのと心臓発作がたまたま偶然に同時に起きたと判断します。」というものでした。その時私はまだパニック状態で、「この人は何を言っているんだろ」と思いつつも霊安室に一人で寝かされている息子のそばへ早く行ってやらなくては、そして早くうちへつれて帰ってやらなくてはという思いが強く抗議する余裕などありませんでした。帰り際にその刑事が近寄ってきて「お気の毒ですが訴えてもむだですよ」と言われましたが、そのときはその言葉の意味さえわかりませんでした。
 その後、葬儀を済ませて少し冷静になった私は、死亡診断書の死因が病死になっているのを見て、「なにかおかしい」と思い始めたのです。 警察に電話をしますと、詳しい事は検死した先生に聞いてくださいと言われ、何度も電話してやっとお話した監察医の先生には「ボールがあたったことと死亡との因果関係が立証できないから、」といわれ、さらには、
ボールが当たらなくても息子はその時死んだのですか?との私の問いには「その可能性もあります。」と言われました。確かにボールは当たっているのです、検死の写真を見ても胸の心臓のあたりに、赤くなった打撲のあとがあったのです。皆さん考えて見てください。立証できなければ病死なんでしょうか、どんな可能性でしょう、じっさいにボールが当たっている事による可能性とどちらが高いのでしょう、いくら何も知らない私でも納得できる説明ではありませんでした。その時から私の戦いが始まりました。
事故死ではなく病死という診断がついてしまったことで、当事者である監督からは遂に一言の謝罪の言葉もありませんでした。
私としては当人が、「病死ではなく、自分のノックが原因でこのような事になって申し訳ない。」という気持ちをもって接してくれれば、悲しい事故としてあきらめるつもりでした。そのうえで、同じような事故がおきないようにしてくれることが一番だと考えたのです。
これは現在、同じように息子さんを亡くされて、仙台地裁で訴えを起こされているお母様も同じご意見でした、やはり関係ないという事でお参りにもこず、話し合いをしようとしても断られ、やむを得ず訴えたそうです。こちらの場合は子供同士での事故でも有り、その親が子供を守ろうとしたのも仕方のない事かもしれません。しかし事故を認めてきちんとあやまってくれればそれでよかったんです。そうそのお母さんも仰っていました。   
確かに、法律的にむずかしいもんだいもあります。しかし、もし、このときみんなが、心臓震盪の事を知っていればこのようなトラブルは、なかったのではないでしょうか。すこし話が逸れてしまいましたが、これが現在の実情だという事を知っておいてください。
それでは、これからどうしたら子供たちを悲しい事故から救えるか。この事が私たちに課せられた、一番大切なことなのです。これからその事についてお話したいと思います。
皆さん、この図をみてください。これはアメリカで2001年9月までに集められた
心臓震盪の128例のデータです。
胸部打撃の原因、つまり何によって引き起こされたかを分類したものです。

スポーツ備品

野球ボール

53

ソフトボール

14

ホッケーパック

10

ラクロスボール

その他

スポーツ中の体の衝突

上肢

下肢

その他

遊び・日常活動

ボクシング

親のしつけ

その他

11

 ご覧になってお分かりのように野球ボールとソフトボールで半数を超えています。私が知りえた日本での心臓震盪と思われる事例も1997年の横浜、2002年の京都、そして先ほども出ました仙台と、全て野球のボールが原因でした。実はつい先日、子供同士のふざけあいで亡くなったお子さんがいらっしゃいます、これは死因が心臓震盪とされたようですが、おそらく、日本では初めてだとおもわれます。しかし野球ボール等が多いのは確かだと思います。
ある野球関係の方にこの事をお話したところ、この事が広まったら野球をさせる親がいなくなるのでは、と心配していました。 はたしてそうでしょうか? 私も野球は大好きです。
息子の小学校時代のチームのコーチもしていました。今でも息子が野球をやっていた事は誇りに思っています。
くさい物に蓋をするような事が多いのが日本人のわるいところです。
息子の事故のときも病死とすることで、チームやリーグへの影響を避けようとする動きがあったようです。
アメリカでは事故を隠さず報告してデータを集め公表していますが、野球をする子供が減ったなどということはありません。むしろ、この事を踏まえて除細動器の普及を進め、スポーツ用具の改良をすることにより、安全に野球ができるようになったと歓迎されているはずです。
つまり隠すのではなく、安全にスポーツできる環境作りをすすめているのです、この事が大リーグなどのアメリカのスポーツの隆盛をささえているのではないでしょうか、
 私が小学校の野球チームのコーチをしている時、よそのチームで時々こんなコーチを見かけました。
小学生に向かって力任せにノックをするコーチ、「取れなかったら、体でとめろ!」と、大声で怒鳴りつけるコーチです。
もし、このような指導者を見かけたら、心臓震盪の現実を教えてあげてください。
少年スポーツの指導者はほとんどがボランティアです。だからこそ心臓震盪の知識をもって、安全を最優先にしてもらいたいと思います。
 次に用具の改良ですが、ミズノスポーツさんでは、プロテクターなど、用具の研究開発をしてくださるとお返事をいただきました。出来るだけ早くお願いしたいと思います。
 そして 一番大切なこと、それは不幸にも事故がおきて目の前で倒れている子供をすくうことです。もし、皆さんの目の前で倒れた子供がいたら、頭に何か当たったのか、と思ったり、気絶しているだけだと思ったりしないでください。心臓が止まったかもしれないと、まず、考えてください。最悪のシナリオを思い浮かべる事が救命の第一歩だとおもいます。
 慶応大学教授の三田村先生の、「心臓突然死は救える」という本のなかでアメリカでの事故を紹介している一節があります。簡単に紹介しますと、13歳の男の子が野球中にボールを胸に受け倒れたとき、近くにいた人が心肺蘇生術をはじめると同時に、救命センターに連絡したところ、近くを巡回中のパトカーが呼ばれました、そのパトカーには除細動器が搭載されており、それを使って除細動を行い、見事一命を取り止めたということです。日本ではどうでしょう、
息子は救えませんでした。
同じような状況で救えないのが現実です。なぜでしょうか?
現在、わが国では除細動器の使用は医師と訓練を受けた救急救命士、そして航空機の客室乗務員にかぎられています。そして救急車が指令を受けてから現場へ到着するまでの平均時間が約6分といわれています。この6分には現場から連絡をするまでの時間と救急隊が現場へ着いてからの活動の時間は含まれません。これに対し、心臓震盪が起きた場合約3分から5分以内に除細動をしなければ救命できないといわれています。
この時間に関しては諸説あるかもしれませんがとにかく出来る限り早い段階での除細動が唯一の救命手段である事は間違いありません。そのためにはどうしたらいいのか 事故の起きた現場に除細動器があることが一番なのです、では誰がそれを使うのか、医師や、救急救命士が到着するのを待っていたのでは何の意味もありません。近くにいる人が使えるのが一番なのです、さいわい今の除細動器は誰でも使えるようなものに改良されています。また、日本でも講習を受ければ一般の人でも使えるようになりそうです。少し乱暴な言い方かもしれませんが、たとえ講習を受けていなくても、もしそのような状況に直面したら使って欲しいと思います。機械の指示どおりにすれば、大人でなくとも使える機械です。早ければ早いほど助かる可能性が増えるんです。そのためにも是非一度、その機械を見ておいてください。知っておいてください。お願いします。
 最後に、今年の初めに戸田中央総合病院の輿水先生を代表幹事として、「心臓震盪から子供を救う会」を立ち上げました。この会の目的は国内での心臓震盪のデータの集積を行い
その概念と発生の理由を世間に知ってもらうことと、その予防と救命手段の知識を普及することです。もちろん私の夢である、除細動器のスポーツ現場や学校への普及。これも大きな目標です。
 まだできたばかりの会です、これから地道に活動していきたいと思っています。どうか一人でも多くの子供を不幸な事故から救う為に、是非、皆さんのご理解とご協力をお願いしたいと思います。
また、事故に関する情報や、活動についてのご意見などもお知らせいただければ、助かりますので、お渡ししたリーフレットに書いてある連絡先にご連絡ください。宜しくお願い致します。
みなさん、スポーツに打ち込んでいる子どもたちは本当に素敵です。
私はそんな子どもたちが大好きです。どうか、そんな未来を担う子どもたちを守ってあげてください、救ってあげてください。お願いします。

2004年4月17日(土)
市民公開講座「CPR inSchool
─スポーツ偏─ 会場:慶応義塾三田キャンパス・西校舎ホール